名水富士山 ミネラルウォーターランド
第1編 実証・不老長寿の仙薬は実在した
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第4章 なぜ現代にこんな重要なことが伝わってないのか?

 どうしてこの様な重要な事が2000年後の現代に伝わってないのか疑問に思うかも知れない。これには日本の知られざる「真の歴史」を調べるしか無い。大変問題がある事項なので簡単に書く。

 現代の日本の歴史は神武天皇の東征により大和を平定となっているが、史実では無い。要は良く分からないのである。今言えるのは、中国渡来の人達で築かれた蓬莱国は朝鮮半島より渡来した民族によって滅びてしまった事である。蓬莱国は武器も持たず、戦いを嫌った長寿民族によって作られた国。他族の侵略には何の抵抗も出来なかったのであろう。その時に、不老の泉は全て隠され、後の富士山噴火活動(西暦800年頃に大噴火があり現在の様になった)により、ほとんどの泉は富士五湖の湖底へと沈んでしまったのでしょう。

 もう一つ言える事がある。それは斉の国は文字を持たなかったと言う事である。徐福は字が書けなかった可能性がある。そうなると供の子供達は文字を知らないまま、蓬莱国が作られた可能性がある。よって、蓬莱の記述は何も無く、口述のみにより宮下家に受け継がれて、今から700年程前に宮下家が「これではダメだ」と言う事で文章化した。これが「宮下文書」である。「宮下文書」は「富士文書」とも「徐福文書」とも呼ばれている。それは、この文書が富士山麓にあったという「高天原王朝の興亡史」であること、また神代文字で記されていたものを、徐福が漢字で筆録したという伝承からの命名と言われている。
しかし、私が15年前に読んだ「宮下文書」は700年位前までは代々の口述によって受け継がれている文章と書いてあった。決して徐福が漢字で書いたとは思えない。(徐福のことは書いてあるが)
漢字とは秦の時代より約200年後の漢の時代に出来たものではないか。どうして徐福に200年後の事が分かるのであろうか。漢字が出来て初めて書いた歴史書が「史記」であり、それには200年前の出来事である徐福の話が昔話として書いてある。

ところが、今から40年程前、何とこの泉の一部が発見されたのである。

第1編 実証・不老長寿の仙薬は実在した
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